その膝の痛み、軟骨だけの問題ではありません ― 膝蓋下脂肪体が果たす二つの役割

「膝が痛い」「軟骨がすり減っていると言われた」—長引く膝の痛みは日常生活の質を大きく下げてしまう深刻な悩みです。従来の治療では軟骨の摩耗や炎症が主な原因とされてきましたが、最近の研究では膝の奥に隠されたある組織の役割が注目されています。

今回は最新の医療論文に基づき、**「膝蓋下脂肪体(しつがいか・しぼうたい)」**という、膝の深部にある組織が、変形性膝関節症にどのように関わっているのかを、専門家としてわかりやすく解説します。この新しい視点が、あなたの膝の痛みの改善に希望をもたらすかもしれません。

痛みの原因は「軟骨だけ」ではないかもしれません

変形性膝関節症は、特に55歳以上の方の約25%が、膝の痛みを抱えるほど一般的な関節の病気です。軟骨が徐々にダメージを受け慢性的な痛みや動きの制限を引き起こします。

これまで膝の治療というと軟骨や骨に焦点が当てられがちでした。しかし、この数十年で、膝全体を一つの器官として捉えるべきだという考え方が広まっています。今回ご紹介する論文(Cells 2023, 12(24), 2850)は膝の関節内にある**「膝蓋下脂肪体(IPFP)」**、別名「ホッファ脂肪体」と呼ばれる脂肪のクッションが、痛みの発生や病気の進行に深く関わっている可能性を示しています。

この記事を読むことで、あなたの膝の痛みが「軟骨の問題」だけでなく、その周辺組織のバランスの乱れからも来ているかもしれないという、新しい視点と希望を得られるでしょう。

論文から見えてきた、膝の脂肪体(IPFP)の二つの顔

この研究は、変形性膝関節症の患者さんと健康な方から採取した膝蓋下脂肪体を用いて、それが軟骨細胞(軟骨を作る細胞)にどのような影響を与えるかを、実験室で詳しく調べたものです。

1. 変化している変形性膝関節症の脂肪体

変形性膝関節症の患者さんから採取された膝蓋下脂肪体は、健康な方の膝蓋下脂肪体に比べて血管が多く、線維化した硬い組織が増えている傾向が見られました。

膝蓋下脂肪体は膝の動きにとって重要な役割を担う組織ですが、病気が進行すると単なるクッションではなく、炎症に関わる細胞が豊富な組織へと変化していることが示唆されます。

2. 炎症を「強める」役割

変形性膝関節症の膝蓋下脂肪体は、炎症を悪化させる可能性のある物質(サイトカイン)を多く分泌していることが分かりました。

  • 変形性膝関節症の膝蓋下脂肪体と共培養した軟骨細胞では、炎症を強く引き起こすとされる物質(専門的にはIL1βやIL6と呼ばれます)の遺伝子発現が、健康な膝蓋下脂肪体と比較して有意に増加しました
  • また軟骨を分解する酵素(マトリックスメタロプロテイナーゼ、MMP1など)の遺伝子発現も、変形性膝関節症の膝蓋下脂肪体と共に培養することで増加する傾向が見られました,。

これは変形性膝関節症が進んだ膝蓋下脂肪体は、炎症を積極的に増幅させ軟骨の病的な変化(変性)を促す働きをしている可能性があることを意味します。

3. 炎症を「抑える」役割も同時に持っている

重要な点としてこの脂肪体には炎症を抑える働きも確認されました。

  • 変形性膝関節症由来、健康由来どちらの膝蓋下脂肪体、軟骨細胞における炎症性物質であるTNFα(ティーエヌエフ・アルファ)の遺伝子発現と分泌を、強く抑制しました

膝蓋下脂肪体は炎症を促進する物質(IL1β, IL6)を増やす一方で、別の強い炎症物質(TNFα)を抑える力も持っている、という二面性があることが明らかになりました。この抑制作用には、膝蓋下脂肪体から多く分泌されるアディポネクチンという物質が関わっている可能性が示唆されています。

「つまり、どういうこと?」— 日常生活と治療へのヒント

この研究結果は膝の痛みが単なる「軟骨のすり減り」や「老化」で片付けられるものではなく、膝関節内の**「環境の変化」**が大きく関わっていることを示しています。

1. 膝の脂肪体が「痛みの調整役」かもしれません

膝蓋下脂肪体は炎症を促す物質と、それを抑制する物質の両方を出しています。変形性膝関節症の状態では炎症を促進する物質が増えやすくなっている一方で、まだ保護的な機能も残されていることが示されました。

このことは膝蓋下脂肪体の状態を健康に保つことが、膝の炎症や痛みの進行を和らげる一つのカギになる可能性があることを示しています。

2. 多角的なアプローチで症状の改善を目指す

この研究の知見は「膝の痛みを改善するためには、軟骨だけでなく膝蓋下脂肪体を含む膝関節全体の環境を整えることが重要だ」という考え方を裏付けています,。

膝蓋下脂肪体は神経線維も豊富で、膝の痛み自体に関わる可能性も指摘されています。そのため膝周辺の血流や組織の柔軟性を改善するアプローチは、膝蓋下脂肪体の病的な変化(硬化や炎症)を穏やかにし、結果として軟骨細胞の環境改善に間接的に役立つ可能性があります。

例えば姿勢や歩き方を調整し、膝への不必要な負担や炎症を減らすことは、脂肪体を含む関節組織のストレスを減らすことにつながるでしょう。

まとめと行動への提案:希望を持って、専門家に相談を

変形性膝関節症は複雑で多要因な病気ですが、今回の研究は膝蓋下脂肪体というこれまで見過ごされがちだった組織が、炎症や軟骨の変化に深く関わっていることを示しました。特に脂肪体が持つ**「炎症を抑える機能」**が確認されたことは、病気の進行を食い止めたり症状を緩和したりするアプローチに希望をもたらすものです。

あなたの膝の痛みや違和感は単なる軟骨の問題ではなく、膝全体の複雑な環境の変化が引き起こしているのかもしれません。

【次のステップとして】

  1. 専門家に相談してみましょう: 膝の痛みが膝蓋下脂肪体などの周辺組織の状態にも関係している可能性があるため、専門家による膝周りの組織の状態評価や全体的なバランスを整える施術が有効な選択肢となります。
  2. 炎症を減らす生活習慣: 肥満やメタボリックシンドロームは、変形性膝関節症の主要なリスク要因であるとされています。膝に負担をかけすぎない適切な運動や体重管理に努めることで、膝の組織にかかる負担と炎症の度合いを減らせる可能性があります。
  3. 諦めずに希望を持つ: 医療は常に進化しています。膝の脂肪体の役割がより深く理解されることで、炎症をコントロールし痛みを和らげるための新しい治療戦略が生まれることが期待されています。

痛みの原因を多角的に捉え専門家と協力しながら、あなたにとって最適な改善策を見つけていきましょう。

本記事は以下の論文の知見に基づき作成されました。

表題 (Title):Infrapatellar Fat Pad Modulates Osteoarthritis-Associated Cytokine and MMP Expression in Human Articular Chondrocytes 著者 (Authors):Ewa Wisniewska, Dominik Laue, Jacob Spinnen, Leonard Kuhrt, Benjamin Kohl, Patricia Bußmann, Carola Meier, Gundula Schulze-Tanzil, Wolfgang Ertel, and Michal Jagielski 掲載誌 (Journal):Cells 発行年 (Year):2023年 巻 (Volume)・号 (Issue):12(24) ページ (Page):2850]

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